我らは野良猫である

人生の中で出会うなにか

不登校・ひきこもりから回復

不登校から回復

 

息子が2年前から、突然の「こだわりと不安症状」から、あっという間に不登校になりました。

当時は「広範性発達障害」と診断され、学期末・学期始めの時期だったことで、周りは発達障害からの「環境の変化とこだわり」と思われていました。

 

私は、違うと思った。

 

それからの2年間の私の取った行動・考え・息子との関わりを説明するには、文章で説明できない程の多くのことがある。

この2年間を説明しようとするなら、きっと本が一冊出来るじゃないかと思う。

 

今、息子は元気に登校している。

そして、やりたいことが沢山あって、時間が足りないことで苦戦している。

息子の2年間の登校できない苦しみは、強く優しい人へと大きな成長に繋がった。

息子は、この苦しい2年間を耐え抜いたことを誇りと自信に思っている。

 

何て、素晴らしいんだろう。

 

今、私がちょっぴり思うのは「私の信念勝ち」

本が一冊できるんじゃないかと思う2年間は、私の信念だけで進んできたのだから。

そんな「私の信念勝ち」って思いは誰にも言ってはいけないと思うと、話すと、学校の先生や周りの人達は「子供さんの力もあってのことだけど、それ以上にお母さんの力があったからここまでこれたのだから、言っていいんじゃない」と言ってもらえるけど、心の中とここだけに言おうと思う。

 

息子の力と学校の先生方、そして私。

そのどれかが欠けたても、ここまでたどり着けなかったと思うから。

 

それでも、思う。

私の信念勝ち。

 

感無量である。

 

信じようと信じようと念じていても先が見えない状況の中で、こんな日が来るとは思わなかった。

 

成長した息子の強さを見ている今は、やり切った感で疲れを感じる程だ。

 

 

息子は入学前に発達テストを受けている。そこには、数値化された結果がある。

そして、2年前の状態での病院で受けたテストによる数値がある。

この病院での数値については、ドクターから「本人の心理状態が影響していて正しい数値が取れていない。だからその数値が外部へ出ることは困る」と説明されている。

私も心理状態が影響している正しくない数値が外部へ出されるのは嫌なことである。

しかし、その数値の結果を学校の先生から「もらえないか?」と頼まれた。

もちろん、信頼して渡すことにした。

 

息子は、これから再度、数値化する為にテストを受ける。

息子は、私の再テストの結果を学校の先生に渡し、今後の子供達に役立てて欲しいと言う願いを大きく引き受けてくれている。

プレッシャーもあるだろう。不安もあるだろう。

それでも、引き受けてくれる息子の心の強さには言葉が見つからない。

 

学校の先生は、公務員である。

そして、子供の状況や状態で、成長はこんなにも変わるものなのだと伝えるには根拠が必要になる。

公務員から離れたとしても、人に伝えるには根拠は必要だ。

息子の数値は、言葉と共に根拠となる。

どのような使い方をされるかは、想像もできないけれど、息子以外の子供さんの役に立って欲しいと願う。

 

 

病院のドクターは、息子の回復ぶりに馬鹿みたいに喜んでいたが、私は「先生は何もしていない」と言い切ってやった。

この2年間、何の説明もアドバイスもなかった。

「息子さんは、こう話していましたよ」と伝えられる内容は、親子関係が良い私には知っている話しでしかない。

 

「医療のことはわからないけど、私は母親です。母親だからわかることもある、してあげられることもあると思うんです」

そんな言葉さえ、軽蔑した眼差しだけを向けられ、無視され「忙しい、時間がないから」と聞いてもらうことさえなかった。

 

私は、子供の病院が少ない地域で、子供の治療に志願してくれているドクターに感謝していたし、病院が少ないからこその忙しさも理解できるから、多くの子供さんを診てあげて欲しいと思って、多くのことに我慢をしてきた。

 

ドクターの考えや気持ちは、私は理解できる。

しかし、ドクターは私を無視し続けてきた。

息子は、ずっと「行く意味があるのか?」と言っていた。

 

「先生は何もしていない」と発言したことで、ドクターはかなりのご立腹。

「お母さんの希望する病院へ転院したどうですか」「もうこれ以上は、診られない」など、子供のような反応。

 

「今まで、母親である私の意見も考えも必要としなかったのだし、受診しているのは息子なのだから、これまでと同じように息子だけ診てもらえればいい。私から伝えたいことがあるなら、ワーカーさんを通して伝える」

 

そう伝えておいた。

 

これらの経緯について誰かが言った。

「お母さんのように信念を持って意見を言えるお母さんがいないから、ドクターは、お母さんのような人に慣れていないのでは?」と。

そう言われてみて、そんな考え方もできるが、では他のお母さんとは、ドクターからの話だけを聞いて納得していると言うことなのだろうか。

 

ドクターとは、揉めるような会話になった中で「親と主治医との協力は大切」と言い出すから、

「それを言い続けてきたけど、聞いてくれなったのは先生だ」と言い切った。

 

私は、これからも笑顔で子供と病院へ行くだろう。何事もなかったかのようにね。

しかし、ドクターが歩み寄る姿勢を見せてこない限りは、私の方からは歩みよらない覚悟を持っている。

 

このドクターとの経緯を説明するなら、ここにも本一冊になると思う。

 

そう考えると、本は2冊。

 

 

私と息子の2年間の物語は、それだけ長編だと言える。

本に例えるなら、今は元気になった息子の新しい物語が始まっている。

 

 

息子は、勉強の中で「わからない」と聞いてくる友達に

「僕は2年間学校に来れなくて苦労したから、頑張ってみるといいよ」と優しくアドバイスする。

不登校を恥じることなく、自分は自分なりでいいと思える心に大きな成長を感じる。

 

今の息子の勉強の遅れ?

英語は、英語教師から「ナンバーワン!」と言われるほど。

算数が少しだけ遅れている。

国語など、全く問題なし。

プログラムは、コードを勉強中。

算数は、元々、得意分野だから問題ないでしょう。

 

中学に入ったら、息子は自分が友達より出来ていることに驚くだろう。

これは、学校の先生も同意見。

 

 

私?

高校も大学も無理かも、とお金使いすぎて、学費の不安が出てきた

 

私の新しい物語も始まったばかりです。