あめはれ

人生の中で出会うなにか

言語化できずにブログが書ける訳がない

言語化できていない

 

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久しぶりに日記からと、はてなさんでブログを書き出しましたが、二日書いてみて思ったことは、言語化できていないなぁ、と。

 

自分で、読み返してみると、自分ではそれなりに納得できるんですね。

でも、どこか抽象的な内容になってしまっていることにも気がつきます。そして、前回「依存」について書いてみたけど、私が本当に書きたかったことは「共依存について」

共依存」が「依存」になって終わっていても満足しているのだから、書きたいことが書けていないことに嫌でも気が付きます。

 

言語化できていなから、書きたいことを言葉にして書きあげることができていないと、少々ショック。

 

 

言語化するには

 

誰でも、ごく普通に話をします。私もごく普通に話をします。

では、何が言語化できていないのかと言うと、感情。

感情って豊かにたくさんあります。楽しい、嬉しい、悲しい、辛い、綺麗、美しい、悔しいなど。

そんな感情を、ただ悲しい、嬉しいと感じるだけではなく、その感情の中身を「〇〇があって、〇〇だから、悲しい」と言うように感じ、言葉にできていない状態を言語化ができていない状態だと思います。

 

感情をしっかり感じられていない状態だと、同時にストレスや負担も感じにくくなってしまうんですね。

ストレスや負担を適切に感じられていないと、無理をしていることに気がつかなったり、気が付いていても我慢しちゃったりと実に良くないことばかり。

逆に言うなら、ストレスを感じられていないと、プラス感情も鈍ってくるってこと。

ストレスを感じにくいのは、私ばかりじゃなくて、日本人には多いような気がします。

日本の家庭の中には、古くから家のしきたり、家訓、なんて言葉もあったり、未だに「家の家系は・・」「家の家族は・・」と一括りにして押し付けてくる。田舎だと「先祖代々のなんちゃら」がくっ付いてきて縛られて育つことになる。

親と違う気質を持って生まれてきても、親やその家系的な考え方は尊重されて、生まれた子供の気質は尊重されないのだから、抑えつけられて育つ過程でストレスなんて感じていたら生き残れませんよね。だから我慢や耐える力が付いてしまっている。

よく「日本人は我慢強い」って言われる意味が何となくわかるような気がします。

 

現代になって、自由に楽しく生きればいいよ、って言われても、そもそも育つ土壌にこの押さえつけがあるから難しいのかも知れません。

 

言語化できるように感じることを増やす為に私がやっていることは、

「ストレスをノートに書き出すこと」なんです。

何となく辛いな、何となく嫌だなって感じることをノートに具体的に書き出していくんです。

 

例えば、最初に聞き出した頃は

部屋が散らかっていること

子供がうるさい

気が乗らない

と、一言だったのが、言語化できるようになると「部屋が散らかっていること」の一言が、

面倒くさくて、片付けできていないからストレス

となる。こう感じられれば、面倒くさくても片付けさえすればストレスとはバイバイできる。

 

何やってるの?と思われるだろけど、これが効果大。

ストレスを適切に感じられるようになると、不思議なことにプラス感情も感じられるようになっていくんです。

最初は、プラス感情を感じられるようにと考えていましたが、これだと上手くいかなかったんです。先読みして、どうせやっても・・・って考えて行動に移すのが難しい。それで、自分に掛かる負担や不満を感じるようにと始めたことが、自分にはとても良い結果になりました。

 

感情を感じられるようになると、自然と自分の考えがよりはっきりと持てるようにもなるし、効果大でしたね。

そんな地味な作業をコツコツこなしてきた訳なんですが、どうか調子にも乗りやすい。

効果大に満足して、書き出すことをやめてしまっていたら、またストレスを感じにくくなっていること、それに伴って言語化できていない状態に少し戻っているようです。

それに気が付いたからにはと、昨日からまたノート作戦を始めています。

 

 

言語化以上に大切なこと

 

言語化ができるようになれば、ブログを書くときに具体化された言葉で表現できますよね。これができなければ、伝わりにくい文章になってしまう。

でも、文章云々より大切になってくると思うのは、生きる上でのエネルギーだと思っています。

 

熱意のある人に人はついてきます。

真心の込もった言葉に優しさを感じます。

たった一言から、動かされます。

 

これらに、込められいるのは全て感情です。

私は「人は感情の強さに動かされるもの」だと思っています。

 

仕事や何かを始めるにも、強い感情のエネルギーが必要です。その熱意(感情)を感じ、周りは付いてきてくれるものです。

少し前になりますが、高校1年性が言った「諦めちゃダメだよ」の一言に突き動かされたことがあります。

何気ない言葉に取れますが、私にはその高校生が「自分は諦めずに頑張った!だから出来たんだ!」と彼の努力とそこにあった過程の思いが、その一言に伝わってきたから、突然のごとく突き動かされたんだと思います。

 

今は、まだ言葉になりませんが、自分の感情(思い)から人へ影響を与える人でありたいし、逆に人の感情(思い)をキャッチできる人で在りたいと思うから、地味作業のノートからまた始めていきます。