あめはれ

人生の中で考えてみるといいこと

ゲーム世界の子どもたち・混沌とした時代に何を考えますか?

ゲーム世界の子どもたち

 

私の子供たちは、オープンな性格です。

そんな理由からか、親子間も同様にオープンなのです。

それぞれに、現在のゲーム内容やそこに関わる人たちや、それらに関する気持ちなどを話してくれるので、家族間では何かと共通の話題が多い。

 

そんな共通の話題に最近は、「Minecraft」のゲームの話がよく出てきます。

前回のブログからの続きから、大きく考えさせれることがありました。

 

 

ame11.hatenablog.com

 

ここに出てくる中学生のお子さんは、その後にサーバー運営者である息子が許したことで、それまでと同様にOP と言われる管理者権限を持って遊んでいました。

しかし、繰り返す行為はルール違反。

一度は、OP (管理者権限)を取り外し、注意をしました。

本来なら、この時点でどこのサーバーでも追放される処遇となります。

しかし、追放する処遇となると、アカウントに履歴が残り、他のサーバーで信頼されなくなってしまします。

私は大人ですから、この中学生を子供だと捉えてしまいます。

サーバー運営者の息子には、この中学生を許してやって欲しいと願っていました。しかし決めるのは、サーバー運営者の息子です。

息子はこの時、繰り返すルール違反と共に悪意のある言動に精神的に参っていました。

それでも、息子はその中学生の良い面をみて許すことにしたのです。

大人の私から見ても、到底できることではない寛大さに驚いたほどでした。

息子の心が本当はどこにあったのかは、息子であっても別の人間である私が分かることではないと思っています。

 

そんな流れで許した中学生は、今まで以上の行為に出て、最大限に重い追放の処遇となりました。

もうどこのサーバーへ行っても信用されません。履歴だけで同じように追放されることも多いでしょう。

息子が運営するサーバーのOPとしての役割は、まさしく管理者として、共同運営ほどの役割となっていました。

他の利用者とは違って何でもできるという立場でした。それが、追放処遇となったことで、楽しく遊べる場所の確保もできない状況に陥ったのです。

 

ネットや、オンラインゲームの世界なので、多くの人が「仕方ない」と片付けてしまうのでしょう。

私もそれで当然だと思います。

 

しかし、ここに出てきているのは中学生です。

まだ、子供です。当然、サーバー運営している息子も子供です。

 

この中学生が、モヤモヤがあると「人としてどうなのか?」と問わずにいられない言動を息子から見聞きする中で、「この子の親は何をやっているのか?」と思わずにはいられませんでした。

性格の中に屈折したものを持ち始めている子供。

そこには、親や家庭、環境などが原因になっているはずなんです。

この中学生が、このゲームの世界で大きな負の履歴を背負って進む先はどうなるのでしょうか?

履歴を払拭できるほど、オンラインゲームの世界での人との関わりの中から信頼を得ることができるのでしょうか?

このゲームから離れてくれればいいのでしょうが、そうでなければ荒らしとして進んでしまう心配もあります。

私は、この中学生が可哀想でたまりません。

ネット世界でもリアル世界でも「やってはいけないこと」をやってはいけないのは、当たり前なんです。

しかし、この中学生はまだまだ子供です。私たちの次の世代を背負ってくれる子供です。

「やってはいけない」ことを「やってしまえる」心が、親として切なく思います。

 

私は「親は何をやっているのか!」そう言いたい。

 

 

混沌とした時代

 

ゲームをやらない方には、申し訳ない思いを書いています。

今回の話に出てくる「Minecraft」のオンラインゲームでは、全体の7割が子供だと言われています。

息子が運営するサーバーにも多くの子供さんがきます。

学校から帰ってくる時間にログインしてきます。そして、そのままいつでもオンラインのゲーム内に戻れる状態にしています。

通常、大人のサーバーだと、きちんとゲーム内から抜けて、また次にゲームに参加するという区切りがしっかりしています。

しかし、子供たちはログイン状態にしておき、ご飯を食べてはゲーム内に戻り、お風呂から出てもゲーム内へ戻れるような状態です。

簡単に言えば、パソコンに向かえばそのままオンラインの続きができる状態にしてあるのです。

もちろんそうではない子供さんもいます。

 

そんな子供たちを見ていると、学校とゲームしかありません。

私は子供にとってのゲームとは「楽しみ」と「子供の逃げ場」だと思っています。大人は嫌なことから好きなように逃げ場所を持つことができますが、子供たちには逃げ場がありません。

しかし「楽しみ」「逃げ場」のオンラインゲームには危険や傷つくことがたくさんあります。

それなら「やらせないことだ」と考えるのもまた違うと思うのです。

 

オンラインゲームに限らず、ネット世界全てに言えることですが、そこから遠ざかるとか、辞めればいいということではなく、当たり前にネット世界がある時代ですから「どちらの世界」にも対応できる力は必要だと思います。

 

大人ならわかっていることですが、現実世界もネット世界も私は同じだと思います。

どちらの世界でも、同じように傷ついたり、悩まされるようなことがあると思います。

子供のネット問題を考える時、どちらかの世界ではく、どちらの世界でも対応していけれるように「子供の心を育てる」ことが大切だと思うのです。

SNSやネット世界に振り回されるなら、現実世界でも振り回されことになるんです。

ネットに依存するのは、現実世界に依存するものがないんです。

依存しなければならない「心」が問題なんです。

 

昔は、右向け右のような押さえつけの家庭教育と学校教育がありました。最近、そんな当時の言葉の「健全育成」「伸び伸び育てる」などが頭に浮かんできました。

当時としての意味合いはわかりませんが、現代にこれらの言葉が必要になってくるのではないかと思いました。

時代は流れていますが、現代は現代で「子供の心」を育てる必要を強く感じます。

 

親自身が、混沌とした時代に彷徨ってしまわぬように、しっかりと自分自身を育てていくことが大切だと思っています。

親としてしてあげられることは、それしかないと私は思っています。

お金で買えないものは「子供の心の成長」ではないでしょうか。

 

 

誤解がないように

 

今回の話に「マインクラフト」が出ていますが、このゲーム自体はとても面白いものです。

製作者の notch氏 とMinecraft の歴史をみる中には、7歳からプログラミングに興味を持ち、そこから始まった先に「Minecraft」があり、現在に至るまで積み重ねてきた思いと歴史には深い尊敬と敬意しかありません。

その歴史そのものも、子供に夢と希望を与えていることもこのゲームの素晴らしいところだと思います。

 

私の MacBook Pro に、この「Minecraft」をインストールしてみたところ何の問題もなく遊べてしまったことから、今は練習がてら少〜し、子供の仲間に入れてもらっています。

私には、キーボードは文字を打つだけのものでした。それがゲームをする為にキーボードを打つわけですから、何とも不思議な感覚です。

文章は早く打てても、ゲーム操作となるとまったく自由に打てません。それが何とも面白い。

 

「Minecraft」では、スキンと言って自分の見た目のキャラクターを選べるんですね。

おばさんの私が、年齢詐称にも程があると思われる可愛いスキンを着て、子供の世界に入れるのも、この「Minecraft」のゲームがあるからなのです。

 

Minecraft の世界では、親子がひっくり返ります。

子供に「たすけて〜」と助けてもらい、出来ないことはやってもらい、子供に「お母さんは、そこら辺で木こりでもしていて」と指示され、敵からも守ってもらい、と子供に支えてもらっている世界も楽しいものですよ。

 

他のゲームに比べると、敵が怖くない、むしろ敵がかわいい。

怖い殺戮シーンがない。

そして自由な発想で自由な遊び方ができることが、子供に人気の理由なんですね。

 

私はゲームやネットを問題視するのではなく、「ゲームやネット」と「現実の問題」は分けて考え、子供の心をしっかり育てていくことが大切なのではないかと思います。