あめはれ

人生の中で出会うなにか

年金世代とキレる人が嫌い。そして私は普通のお母さんになりたいと願う時がある。

年金世代とキレる人が嫌でたまらない

 

明日から平日ですが、現実が待っているかのようで心が重いです。

8月に引っ越しをしてきた地域が年寄り世代が多く、考え方や何もかも含めて古いし、心が狭い。

そんな地域の中には若い人もいますが、キレる!

キレる人の特徴

  • 自分が否定されることを恐れているから、否定される・都合の悪いことを言われると勘付くのが早いから、察した時点でキレてくる。
  • 自分で言ったことに対して誰かが言っていたとか、噂になっているとか人のせいにする。
  • 自分を守る為に、平気で他人のせいにして嘘をつく
  • キレる人の特徴が分かるほど、話の内容に矛盾がありすぎる
  • 攻撃をして防備していることに気がついていない
  • 人から何かを言われないように、人から悪く思われないように、自分が一番、人のことを気にして生きていることに気が付いていない

キレる人は、まあ放っておいたとしてもですね

今、一番、困って嫌な思いをしているのが、隣の民生委員。

 

野良猫のことで関わってしまったけれど、もううんざりするほど、悪質。

 

 

民生委員が、長年に渡り野良猫に餌を与え、増やしてきている。

それを隠している。

そこまでは、多くの餌を与えてくれる人と同じ傾向で問題はない。

 

問題なのは、民生委員以外は、皆、自分たちが無責任なことをしていると、罪の意識を持ち怯えるように暮らしている。

だが、問題なのは、民生委員だけが「自分は餌を与えていない」と平然と隠し続けてきて、その挙句には、可哀想に思って餌を与えた人に「罪の意識」を持たせるような言動を取る。

もはや洗脳に近い。

 

そして、この民生委員は、老夫婦が入院になった家を利用して、その老夫婦の責任にしようとする根性。

悪質としか言いようがない。

他の餌を与えている住民を「老夫婦の家の大家は私の親戚だから大丈夫」と言い、入院した老夫婦の家での餌やりを勧める。

確認してみると、この老夫婦の大家は、民生委員の親戚ではなかったことには、そこまでの嘘を平気でつき、他人を騙していることには、正義感の強い私には耐え難い思いになる。

 

私は、この老夫婦の心配をしていた。

他県から4年前に引っ越してきて、老後を妹にみてもらっての生活だった。

離れ離れになった老夫婦は、どんな思いでいるのだろうか。

どのような状況なのだろうか。

引っ越しをしてきてからの4年間は、この土地で暮らし、幸せだったのだろうか。

何故か、とても切なく、ただただ心配に思っていた。

 

老夫婦の妹さんと会うことができた。

老夫婦の「夫」の方が、軽い痴呆症があり、「妻」であるお婆さんの方は安定しているが今後の生活を考えると「夫」が入所(一時預かり)している施設へ一緒に入所する方向で話を進めていると言う。

 

私は、ただただ、寂しかった。

ちゃっかりした性格から感じる、根の気の良さや、さっぱりとした性格のお婆さんからは、さりげない優しさを感じることが多かった。

住む場所が施設へと変わったとしても、これからの人生を穏やかに生きて欲しいと願っている。

妹さんから状況を聞いた日は、寂しさから涙がポロポロと溢れ、せめてもの恩返しにと家の周りのゴミ拾いなどをしていた。

 

今も思う

もう一度、帰ってきてほしいと。

 

それに比べ、民生委員は、この老夫婦を見下し、見下す言葉を平気で使う。

何を言ったか?

私は、それらの言葉を正確には、伝えることができない。

それは、私が人を見下す言葉を持っていないからである。

暴言なども同様で、自分が使ったことのない言葉は持っていないのである。

 

民生委員から感じる中には、秋には落ち葉を手で集め、舞い上げてると素敵だとか、小さなお花を「可愛らしいから残しておいた」など、自然から感じることを話していたこともあるし、何かの会話で見せる、可愛らしい笑顔、可愛らしい声。

年配者に対し、可愛らしいは失礼だと思いながらも、そう感じる素敵な部分もある。

人のせい、嘘や言い訳だらけも見方を変えれば、知恵や強さでもある。

 

人間は、超多面的なものである。

そんな風に、拾い視野を持って考えても、この民生委員には許せない思いになる。

 

私がここまで、許せいない思いになるには、その他に多くのエピソードがあってのことであると理解してもらえたらと願う。

 

 

普通のお母さんになりたい

 

私は、ごく稀に「普通のお母さん」になりたいと思う時がある。

私は、自分でも一般的や普通のお母さんではないのである。

恐らく、少数のお母さんなのだと思う。

息子は、日本で3人しかいない、と言う。

さすがに3人ということはないであろうが、私が「普通のお母さんでない」と子供ですらそう感じていることは事実なのだろう。

 

私は、子供を否定したことがない。

どんな小さな子供であっても、自分とは違う人間。

自分とは違う人間である以上、子供であっても自分にはない、素晴らしいものを持っている存在だとずっと心に置いて子育てをしてきた。

自分と他人を分けて考えられないと間違いは起こる。

親子関係が一番、近い距離にいる人間同士になり、近い分だけ、気をつけなれば、簡単に子供の領域へ土足で踏み込んでしまう危険がある。

 

多くの親は、自分の考えを子供に平気で押し付ける。

こうした方がいい。こうしなければいけない。こうあるべきだと。

それは、親の個人的考えに過ぎず、子供がどう感じ、どう思い、どう考えるかは、親とは違っているかもしれないことを常に胸に置いておく必要は大切なことだと思っている。

大切なことと言うより、重大なことである。

 

そして、私は優しい。

私の優しさは、慈悲深さとも言える。

普段はとても穏やかで、慈悲深い優しさがあり、何があっても子供を守ろうとする強さを持っている。

それは、子供への愛である。

そして、私は自分の子供が、血の繋がらないA君に変わったとしても同じように愛情を持てる人でもある。

時には、この慈悲深い優しさは、人だけではなく、生命がある全ての物へと向けることがある。

 

こういう私は「普通のお母さん」ではないと思っている。

 

私は、これが私の性格だし、変わりたいとは思ったことはないが、人生の中では「普通のお母さん」や、言いたいことを簡単にぶつけてしまう「一般的なお母さん」になりたいと、ふと思う時がある。

 

民生委員のこともそうだが、何かを言われた際には、キレてみたいものである。

たまには、そういう経験をしてみたい。

民生委員が何かを言ってきたら、キレてみようと思う。

矛盾したことだけを言い、言いたい放題なんて、何て素晴らしいんだろう。

しかし、キレる自信もないのが私である。

 

私が意見を言う時は、まっすぐな思いで伝えるから、周りからはキレてる人に見えるときがあるのかもしれないが、

そうではないことは伝えておこう。

私は、常に自問自答し、そこに間違いがないかを何日も考えてから、意見を言う。

おおよそ、間違っていないと思っている。

 

 

最近は、心の整理をする為に、はてなに愚痴愚痴と書いている。

書く・話すということは、思考が整理されて便利なのだ。

 

 

 

 

 

批判なのか?

 

私、猫のボランティアをしているんですけどね。

事情があってブランクがあって、再活動することにしました。

どうして、再活動したかと言うと、引越し先にメス猫がいたから。

 

今日は、そんな猫の活動について、

ボロクソに批判されたのか、励ましてるのか、さっぱりわからなくて、かなり混乱。

 

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画像は、電話中に書いていた落書きなんですが、子供が「お母さんの論理的思考その物になってる!分岐・分岐・考え・結論となっていると言われて、初めてその通りだと納得してしまいました。

 

さてさて

 

納得できない内容は、次のようなこと。

 

償いとして、一生猫のボランティアをしろとか

償い続けろとか

自分で立ち上げたなら、行政へ提出する書類を作れとか

ボランティアを辞めるなら、〇〇市 ←(私の住んでいる地域)に住めなくなるとか

 

償いをしろ、と言われている内容は、離婚の時に捕獲器を持ってこれなかったこと。

当時、事情を話して謝罪しました。私もその方が怒るだけの思いを責任として強く持っていましたが、どうにもならない事情とは生きていれば起こることもあると思うんです。

でも、それを言えば「自分の思いだ!」と返ってくるのはわかるから、受け止めています。

 

私には「自分の思いだ!」と主張するなら、私にも「あなたの思いだ!」と主張してもいいと思うんですが・・・

 

私は、その方には言いたくない事情を抱え、それを乗り越え、今に繋がっているところには、私の強さがあると思っています。

 

一度挫けて、どん底から這い上がってきて、挫けたことと同じことをしようとすることさえ、勇気や強さがなくてはできないと思うんです。

 

 

それに、ボランティアって善意の活動だから、自分の人生の中で自己犠牲を払ってまで続けることではないとも思います。

もちろん、人はそれぞれなので、自己犠牲でやりたい人はそれでいいと思っていますし、批判する気もありません。

 

その方は、政治家の家系で公務員です。

私とは、全く別の人生を歩いてきています。

私には、行政が好むような文章は書けません。行政が好むような話し方もできません。

それを身に付けるとしたら、人生が終わってしまうかもしれないほど、難しく時間がかかることだと思います。

 

私は、その方とは別の人間で、同じことは出来ないのが当たり前です。

だからこそ、私は私で私の方法でやるしかないと思っているんです。

 

責任を持てと言われましたが、やる以上は責任を持ちます。

ただそれは、やっている間は、と言うことです。

人生を捧げてまで、責任を持つ必要はないと思うのですが・・・・

ボランティアですよ?

人生を捧げてまでやりたい人はやればいい、ただそれだけだと思うのですが・・・

 

私が、いつでも逃げようとする姿勢が弱さだと怒られました。

最初から、いつでも逃げれるように考えているんです。

そこには、自分の人生を考えた時に、一生をボランティアに捧げる気持ちがないことと、一番の思いは、次の世代のボランティアと時代が変わっていく先の地域の為に、種を蒔き、土壌を少しでも作っておいてあげたいからなんです。

 

人から良く言われることがありますが、

「みんな自分のことしか考えないのに、自分のこと以外の人を思う人だ」と。

私は、そう言う考えで、そう言う生き方をしている人なんです。

それが、良いとか悪いとか考えたことはありません。

 

ボランティアを辞めたら、自分の地域に住めなくなると言われたことについては、全く理解できません。

辞めても、普通に住めると思うのですが・・・・

 

 

私への支援者さんについても、名簿を作って公開しろと言われましたが、私を支援しようとしてくれている人たちは、皆、仕事など大事にしているものがあるんです。

大概、猫のボランティアをしていると知れば、変人扱いされます。

変人扱いをされるのは、私だけで十分です。

私は、仲間を守りたい。

だから、公開しないし、名乗らせないんです。

 

私が、仲間へ望むことは、人を助ける・思いやることの大切さや、活動を通して感じる、何かを感じて欲しいと思っています。

辛いことは、全部私が引き受けようと思っていますが、辛い状況に陥っているのは、勘付かれ心配をしてくれます。

それを、申し訳なく思いながら、感謝に変えています。

 

これが、私の考えなんです。

 

もう、本当に批判されているのか、励ましているのか、さっぱりわかりません。

 

 

 

 

 

 

不登校・ひきこもりから回復

不登校から回復

 

息子が2年前から、突然の「こだわりと不安症状」から、あっという間に不登校になりました。

当時は「広範性発達障害」と診断され、学期末・学期始めの時期だったことで、周りは発達障害からの「環境の変化とこだわり」と思われていました。

 

私は、違うと思った。

 

それからの2年間の私の取った行動・考え・息子との関わりを説明するには、文章で説明できない程の多くのことがある。

この2年間を説明しようとするなら、きっと本が一冊出来るじゃないかと思う。

 

今、息子は元気に登校している。

そして、やりたいことが沢山あって、時間が足りないことで苦戦している。

息子の2年間の登校できない苦しみは、強く優しい人へと大きな成長に繋がった。

息子は、この苦しい2年間を耐え抜いたことを誇りと自信に思っている。

 

何て、素晴らしいんだろう。

 

今、私がちょっぴり思うのは「私の信念勝ち」

本が一冊できるんじゃないかと思う2年間は、私の信念だけで進んできたのだから。

そんな「私の信念勝ち」って思いは誰にも言ってはいけないと思うと、話すと、学校の先生や周りの人達は「子供さんの力もあってのことだけど、それ以上にお母さんの力があったからここまでこれたのだから、言っていいんじゃない」と言ってもらえるけど、心の中とここだけに言おうと思う。

 

息子の力と学校の先生方、そして私。

そのどれかが欠けたても、ここまでたどり着けなかったと思うから。

 

それでも、思う。

私の信念勝ち。

 

感無量である。

 

信じようと信じようと念じていても先が見えない状況の中で、こんな日が来るとは思わなかった。

 

成長した息子の強さを見ている今は、やり切った感で疲れを感じる程だ。

 

 

息子は入学前に発達テストを受けている。そこには、数値化された結果がある。

そして、2年前の状態での病院で受けたテストによる数値がある。

この病院での数値については、ドクターから「本人の心理状態が影響していて正しい数値が取れていない。だからその数値が外部へ出ることは困る」と説明されている。

私も心理状態が影響している正しくない数値が外部へ出されるのは嫌なことである。

しかし、その数値の結果を学校の先生から「もらえないか?」と頼まれた。

もちろん、信頼して渡すことにした。

 

息子は、これから再度、数値化する為にテストを受ける。

息子は、私の再テストの結果を学校の先生に渡し、今後の子供達に役立てて欲しいと言う願いを大きく引き受けてくれている。

プレッシャーもあるだろう。不安もあるだろう。

それでも、引き受けてくれる息子の心の強さには言葉が見つからない。

 

学校の先生は、公務員である。

そして、子供の状況や状態で、成長はこんなにも変わるものなのだと伝えるには根拠が必要になる。

公務員から離れたとしても、人に伝えるには根拠は必要だ。

息子の数値は、言葉と共に根拠となる。

どのような使い方をされるかは、想像もできないけれど、息子以外の子供さんの役に立って欲しいと願う。

 

 

病院のドクターは、息子の回復ぶりに馬鹿みたいに喜んでいたが、私は「先生は何もしていない」と言い切ってやった。

この2年間、何の説明もアドバイスもなかった。

「息子さんは、こう話していましたよ」と伝えられる内容は、親子関係が良い私には知っている話しでしかない。

 

「医療のことはわからないけど、私は母親です。母親だからわかることもある、してあげられることもあると思うんです」

そんな言葉さえ、軽蔑した眼差しだけを向けられ、無視され「忙しい、時間がないから」と聞いてもらうことさえなかった。

 

私は、子供の病院が少ない地域で、子供の治療に志願してくれているドクターに感謝していたし、病院が少ないからこその忙しさも理解できるから、多くの子供さんを診てあげて欲しいと思って、多くのことに我慢をしてきた。

 

ドクターの考えや気持ちは、私は理解できる。

しかし、ドクターは私を無視し続けてきた。

息子は、ずっと「行く意味があるのか?」と言っていた。

 

「先生は何もしていない」と発言したことで、ドクターはかなりのご立腹。

「お母さんの希望する病院へ転院したどうですか」「もうこれ以上は、診られない」など、子供のような反応。

 

「今まで、母親である私の意見も考えも必要としなかったのだし、受診しているのは息子なのだから、これまでと同じように息子だけ診てもらえればいい。私から伝えたいことがあるなら、ワーカーさんを通して伝える」

 

そう伝えておいた。

 

これらの経緯について誰かが言った。

「お母さんのように信念を持って意見を言えるお母さんがいないから、ドクターは、お母さんのような人に慣れていないのでは?」と。

そう言われてみて、そんな考え方もできるが、では他のお母さんとは、ドクターからの話だけを聞いて納得していると言うことなのだろうか。

 

ドクターとは、揉めるような会話になった中で「親と主治医との協力は大切」と言い出すから、

「それを言い続けてきたけど、聞いてくれなったのは先生だ」と言い切った。

 

私は、これからも笑顔で子供と病院へ行くだろう。何事もなかったかのようにね。

しかし、ドクターが歩み寄る姿勢を見せてこない限りは、私の方からは歩みよらない覚悟を持っている。

 

このドクターとの経緯を説明するなら、ここにも本一冊になると思う。

 

そう考えると、本は2冊。

 

 

私と息子の2年間の物語は、それだけ長編だと言える。

本に例えるなら、今は元気になった息子の新しい物語が始まっている。

 

 

息子は、勉強の中で「わからない」と聞いてくる友達に

「僕は2年間学校に来れなくて苦労したから、頑張ってみるといいよ」と優しくアドバイスする。

不登校を恥じることなく、自分は自分なりでいいと思える心に大きな成長を感じる。

 

今の息子の勉強の遅れ?

英語は、英語教師から「ナンバーワン!」と言われるほど。

算数が少しだけ遅れている。

国語など、全く問題なし。

プログラムは、コードを勉強中。

算数は、元々、得意分野だから問題ないでしょう。

 

中学に入ったら、息子は自分が友達より出来ていることに驚くだろう。

これは、学校の先生も同意見。

 

 

私?

高校も大学も無理かも、とお金使いすぎて、学費の不安が出てきた

 

私の新しい物語も始まったばかりです。